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    質問NHK 外国語使いすぎ

    以下のようなニュースが今日ありました。貴方はどう思いますか?

    「NHK 外国語使いすぎ」 精神的苦痛、慰謝料求め提訴
    産経新聞 6月27日(木)7時55分配信

    理解が困難だとして男性が例に挙げた外国語(写真:産経新聞)
     ■リスク・ケア・コンシェルジュ…

     NHKは放送番組や番組名で外国語を使いすぎるのをやめるべきだ-。こんな訴えが名古屋地裁であったことが26日、明らかになった。外国語の乱用で内容を理解できず、精神的苦痛を受けたとして、71歳の男性がNHKに対し141万円の慰謝料を求めたこの裁判。公共放送NHKのカタカナ言葉使用に一石を投じる形となった訴えを、司法はどう判断するのか。

     「カタカナで表記すると意味が変わるのか。普遍的な報道に、見栄えや格好良さを求める必要があるのか」。こう話すのは、提訴した岐阜県可児市の任意団体「日本語を大切にする会」で世話人を務める高橋鵬二さんだ。

     訴状では、NHKが番組内で「リスク」や「ケア」など、外国語を使わなくても表現できる言葉を多用しており、番組名にも「BSコンシェルジュ」「ほっとイブニング」など外国語を乱用していると主張。視聴者の大部分が理解できる言語で製作されておらず、憲法で保護された知る権利や幸福追求の権利を侵害しているという。

     また、「NHKは国家機関が関与する公共放送で、広範囲で視聴できるため影響力が強い」と指摘。公共性の高いNHKが日本語を軽視する姿勢にも強い疑問を呈している。高橋さんは一昨年末、NHKに公開質問状を提出。しかし、回答がなかったため、訴訟に踏み切ったという。

     平成14年から18年まで行われた国立国語研究所の『「外来語」言い換え提案』に関わった鳥飼玖美子・立教大特任教授=言語コミュニケーション論=は「新しく導入される外国語は増加傾向にある。さまざまな文化を取り入れる日本語の利点は残しながらも、あらゆる世代が理解できる言葉を選び、残していくべきだ」と話す。

     特に、高齢になって利用機会が多くなる福祉分野や医療分野で外国語が多用される傾向があるといい、「公共放送だからこそ、外国語やカタカナ語が苦手な少数派の意見に配慮してほしいと考える男性の心境は十分理解できる」という。

     一方、NHKは「訴状の内容を確認していないため、コメントを差し控える」としている。
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    • 2013/6/27
    • 0123gokudo
  • 回答

     御説拝聴致しました。がしかし貴殿はこの原告の頑迷なる人物を誤解している模様です。
    >高橋さんが訴えているのは「日本語があるのに何故わざわざ外国語を使うんだ!」という意味です。これは明治時代に漱石が日本の欧化主義を批判したり、小泉八雲が鹿鳴館を嘆いたりしたのと同じ感情を基底にしています。
    TANUHACHIさんには是非そこんところの違いを見逃さず捉えて欲しいですね。

     少なくとも漱石は欧化主義を批判したりしてもいない。彼は和魂洋才を地でいく人物です。その後継者が龍之介です。少なくとも龍之介に至ってはニーチェを模した『侏儒の言葉』を残してもいる。漱石も『私の個人主義』として、近代人のスタイルを紹介もしている。がしかし本質において彼等が日本語を排除しようとしていることは全くありません。
     それに対し、この頑迷な老人は「日本語」に対する十分な定義も与えず、自身の経験則を判断基準にしようとしている。少なくともこれは誤り以外の何ものでもありません。
     小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)はヨーロッパ人の目線で見たから、明治維新以後も日本の地方都市に残っている残滓に新鮮さを感じただけの話です。
     良ければ政治学の見地からもお話ししましょうか?。日本近代に滑り込むようにした流れている古層の問題について丸山眞男を引用しつつ議論しますか?
     自分が知らないからといって、日本語を使わずに外来語で表記するのはけしからんと息巻くのはキレ易い老人と全く同じです。新聞の時事用語も全て日本語表記にせよなどとするなら、それは1945年以前のプレスコードと同じ発想でしかありません。コンピュータも電脳となり、インターネットはどう訳しますか?。更にいえば「ケア」これは使われる状況によっても変化します。例えば「ターミナル・ケア」といった場合と「メンタル・ヘルス・ケア」では訳語も異なってきます。この老人はそれらを意識していない。「一単語=一訳語」と定式的にしか憶えることのできない言語生活の貧しさもある。
     また鳥飼久美子自体も元はといえばNHKの出身であり、それを鼻に掛けているお局さんと同じです。ただ単に「私は英語が話せます」だけで通ってきて付け焼き刃的に日本語論を振りかざしている人物でもある。
     戦後に入ってきた言葉、否この百年余りの間に日本に入ってきた外来語を全て古来からある日本語にしようとするならば、相当の無理もあります。百年昔にコンピュータやターミナル・ケアがありましたか?。これらは日常的にも使われる言葉です。専門家だけが使う言葉ではありまぜん。従って多くの人が耳慣れている言葉をそのままカタカナ言葉に置き換えても不自然ではない。
     精神文化を含めて日本文化そのものが既に翻訳文化としての特性を持っていることは、既知の前提として知られてもいます。万葉集ですらも、大伴家持などの歌人であり国家官僚が聴き取りする形で、無理矢理に音声に文字を当て嵌めた形です。つまり「初めに音を残す」「音を活字で残す」「その活字が文の意味を示すために文字を当て直す」との付け焼き刃的な手法で日本語自体も確立されてきた。
     元々、この老人は単語レベルでしか言語を理解出来ないのかもしれません。ですから余計に「正しい日本語・美しい日本語」といった抽象表現に逃げ込むしかできないことになります。
     知らない言葉が出てきたら辞書を引く、これ位は年かさから言ってもできない方がオカシイ。子どもでも新しい言葉、耳慣れない言葉が出てきたら国語辞典を引き、意味を調べます。それくらいもせずに相手を非難するなどとは将に笑止千万ですよ。無駄に年取った来ただけなのかね、こちらが聴いてみたいくらいです。
     それにしても名古屋地裁がよくこの訴状を受理したものですね。普通なら「原告人には訴えの利益がない」として訴状も受理しないはずですが。何か不自然です。この記事は朝日新聞の東京版には一行の記事もありませんでした。

    • 2013/6/29
    • TANUHACHI
    • ベストアンサー