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    質問秘境駅で

    • 2012/8/19
    • moomin500

    JRや私鉄の秘境駅と言われる中で、どの駅が好きですか?

  • 回答

    • 2012/8/19
    • 31192525

    moomin500さん、こんにちは。

    福岡県東峰村の
    『筑前岩屋』(JR日田彦山線)
    です。山並に岩峰が散見。

    私の生まれ故郷
    鹿児島県南さつま市頴娃町の
    『水成川』(JR指宿枕崎線)
    雑木林と芋畑しかない。。。

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  • 締切済

    質問漢字!

    • 2010/12/20
    • rnb73cbk

    尻の九の部分が丸の漢字ってなんて読みますか(´;ω;`)?
    今日患者さんでいて珍しいなって思ったんですがなかなか変換が出てこなくて…

  • 回答

    • 2010/12/20
    • xiansui
    • ベストアンサー

    㞍は(JIS第3水準の漢字の為、文字化けするかもしれません。)

    尻の異体字なので、同様に「しり」や「じり」と読みます。

    どうも、稀少な地名の漢字の様で、鹿児島県南さつま市の一部の地域の地名がこの漢字を使っています。

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  • 締切済

    質問古代日本と大陸の行き来について(弥生人、遣唐使、鑑真)

    • 2009/3/5
    • yuu-sanpo

    質問です。
    縄文、弥生~奈良時代あたりの日本の、大陸との行き来についてです。

    弥生人は日本に影響を与えるくらいの数が来たはずなのに、
    もっと後の時代の鑑真が渡航に苦労しているのがわかりません。
    他に、菅原道真も「危険だ」と言って遣唐使をやめさせようとしていました
    (政治的意味があったとしても)。

    潮の流れやルートの違いが原因でしょうか?

  • 回答

    • 2009/3/5
    • noname#656089

    こんにちは。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%91%91%E7%9C%9F
    上記によれば鑑真の渡航は

    1回目(743年)・・・・渡海を嫌った弟子が、港の役人へ「日本僧は実は海賊だ」と偽の密告をしたために失敗。

    2回目(744年)・・・・暴風に遭い、一旦、引き返す。

    3回目(744年)・・・・再度、出航を企てたが、鑑真の渡日を惜しむ者の密告によって失敗。

    4回目(744年)・・・・鑑真弟子の霊佑が鑑真の安否を気遣って渡航阻止を役人へ訴えて失敗。

    5回目(748年)・・・・暴風にあい、14日間の漂流の末、はるか南方の海南島へ漂着した。鑑真は当地の大雲寺に1年滞留した。

    6回目(753年)・・・・遣唐使が帰日する際、副使の大伴古麻呂がひそかに鑑真を乗船させた。暴風に襲われたがなんとか到着した。

    とあり、6回の渡航のうち、3回は弟子などに阻止されての失敗となっています。

    それでも3回は暴風雨で失敗していますから
    日本への道のりは大変困難だったといえるでしょう。

    航路については下記【航路と遣唐使船】にありました。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E5%94%90% …

    630年~665年には北九州より北路朝鮮半島西海岸沿いを 経て
    遼東半島南海岸から山東半島の登州へ至るルートをとっていたようで
    ぱっと見たところこのルートが一番安全そうですが
    半島情勢が悪化するなどして使用できなくなったようです。

    鑑真が渡航した時代には薩摩の坊津(鹿児島県南さつま市)より南西諸島経由して東シナ海を横断するルートを採っていたようです。
    朝鮮半島沿いに進むのに比べると危険な感じがします。

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