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    質問江戸時代においての愛

    • 2011/4/30
    • 1221mu

    正室と側室ではどちらが愛されていたのでしょう。
    そしてそれぞれどのような愛があったのでしょう。

    できれば男女の愛だけではなく
    江戸時代にあった様々な愛の形
    (家族愛、兄弟愛、主従の愛、同性愛、ペット愛など)を
    できれば
    誰が、どのようなストーリーがあったのかなどをそえて
    色々教えていただけませんか?

    インターネットで色々と検索してみましたが
    しっくりとくるものが見つかりませんでした。

    お願いします!

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  • 回答

    • 2011/5/1
    • bungetsu
    • ベストアンサー

    こんにちは。
    私は、自称「歴史作家」です。

    >>正室と側室ではどちらが愛されていたのでしょう。
    そしてそれぞれどのような愛があったのでしょう。

    まずは、将軍家でのエピソード。

    5代将軍綱吉の正室小石君(こいしぎみ・信子)には子どもができず、綱吉は側室の右衛門佐(うえもんのすけ・常盤井)を寵愛したことから、嫉妬の余り、綱吉を大奥に呼び、信子と戯れていたところ、信子は突然として懐剣を取り出して綱吉を殺害した。宝永6年(1709)1月10日。そして、信子も同日自害した。
    徳川実記では、信子の死を1月11日としているが、殺害を裏付ける証拠としては、綱吉の墓所である寛永寺に信子の墓もあるが、明治になるまで、罪人に被せる「投網」が被せられていた。
    愛するがゆえの出来事かもしれませんね。

    >>江戸時代にあった様々な愛の形

    江戸時代は儒教の精神が浸透しており、「男女七歳にして席を同じゅうせず」でした。
    「席」とは「寝床」のことで、七歳になったら「雑魚寝」は禁止されていました。
    そして、儒教の精神で、
    主従の愛は忠義。
    親子の愛は孝行。
    夫婦の愛は貞淑。
    でした。
    人生の春が近づけば血も騒ぐ。よんどころない事情で用事もないのに男女が表で立ち話をしていると、それが噂となり口から口へと伝わる時代。恋や愛には悲哀がつきまとった。

    武家や商家の大店などになると、「許婚」(いいなずけ)制度が徹底しており、自由恋愛は全くと言って良いほどできなかった。

    紀文の恋・・・。

    紀伊国屋文左衛門は紀州湯浅(現:和歌山県有田郡湯浅町)の貧農の家に生まれましたが、18~19歳頃、そんな貧しさに見切りをつけて江戸へ出てきた。職を転々とするうちに商人の娘「綾野」と知り合い、綾野の紹介で「松木屋」で働くようになった。やがて二人は恋仲に落ちたが、商家の箱入り娘と使用人。主人が許すはずもなかった。しかし、可愛い娘の説得で松木屋の主人は紀文に、
    「1,000両貸してやる。1年間で倍の2,000両にできたら、娘をくれてやる。もし、それができなければ一生この店でただ働きをしてもらう」
    と、条件をだしました。
    そこで、紀文は情報収集をし、紀州では「二束三文」の「蜜柑」(みかん)が江戸では結構な値段で取引されていることに目をつけ、紀州で蜜柑を買いつけ船で江戸へ運び、みごと1年後には2,000両を手にしました。そして、めでたく綾野と結ばれました。

    これなどは「異例中の異例」かも知れませんね。

    比丘尼との恋・・・。

    江戸時代の天和年間(1681年頃)になると、諸国勧進に廻っていた尼さんが江戸で春を売るようになった。坊主頭を抱くのも少々愉快だが、
    「三が日待たず 比丘尼は見世を張り」
    と、狂歌にも唄われたように、正月の三が日も待てないほど結構人気があった。
    しかし、貞享年間(1687頃)、比丘尼と武士の心中事件が起き、江戸中の噂となり、ついには町奉行所も出動し、比丘尼たちがたむろしていた中宿の一掃をしてからは火が消えたように音止みとなった。

    俗世を捨てても捨て切れなかった悲恋だったのではないでしょうか。

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  • 締切済

    質問江戸時代の庶民の恋 町娘の立場

    • 2009/7/20
    • QuLa

    江戸時代について記した本を読んでみると、男性は岡場所や遊郭にせっせと通ってる姿がまちまち見られます。
    世の男性は遊女ばかりで町娘にあまり魅力を感じなかったものなのでしょうか?
    そのために町娘は男性以上に十分に恋愛できなかったりしたのでしょうか?
    庶民の恋について教えてほしいです。特に町娘について。お願いします。

  • 回答

    • 2009/7/20
    • bungetsu

    こんにちは。
    私は、自称「歴史作家」です。

    >>庶民の恋について教えてほしいです。特に町娘について。お願いします。

    まずは、江戸の人口ですが、8代将軍吉宗の頃(享保年間・1716~)に江戸の人口調査が行われました。
    それによると、市中では男45万人・女15万人。(老若男女を合わせて)計約50万人。
    つまり、圧倒的に男子が多かった。そんな中での結婚は男にしてみれば、宝くじに当たったようなもの。
    武士や武家は軍事上の機密から公表はされていませんでしたが、同じく約50万人位と言われ、江戸は、当時としては、100万人都市で、世界一の大都市でした。

    さて、もう少し詳しくみていくと、
    商家場合:
    (1)NO1.の方の言われるように武家屋敷への奉公ですが、全員が奉公に出たわけではありません。
    (2)江戸時代は「儒教」の精神が尊ばれていましたので、商家の場合には「許婚(いいなずけ)」が大部分でした。
    (3)従って、商家の娘が町人である、例えば、「大工」などと一緒になることはありませんでした。
    (4)また、現代のようにウインドショッピングなどのできる商店街もありませんでしたので、商家の娘は「箱入り娘」と呼ばれるように、街中を歩くことは、ほとんどありませんでした。
    (5)たまに、小物でも欲しい、と言う時には、外出もありましたが、乳母や女中などのお供が付いていて、自由にどこでも歩いたりはできませんでした。
    (6)では、着物や化粧品、櫛(くし)、簪(かんざし)などが欲しい・・・と言う場合は、それらを売っている商家へ丁稚が走り、商家からの出張販売でした。

    町人の場合:
    (1)これは、まあまあ、自由恋愛もありましたが、何せ女の少ない時代でしたから、おいそれと女を見つけることさえできませんでした。
    (2)前述のよううに、女15万人といいましたが、老人、子供、廓で働く者、芸者、商家の娘等々を入れての話ですから、町娘で若い結婚適齢期の女性は、約5万人位。男の適齢期の人数は約30~35万人。う~ん、よほどの稼ぎが良いか、美男子でもない限り女から好かれることは「高値の花」。
    (3)そして、街中でも、やはり「儒教の精神」から大概は「許婚制度」が尊ばれていましたから、現代の芸能人の石田○○のように、2度も3度も女を変えることはできませんでした。
    (4)従って、男性の「ハケ口」として廓が繁盛した、と、いうわけです。

    (エピソード)
    紀伊国屋文左衛門(通称・紀文)(寛文9年1669?~享保19年1734、4月24日)は紀州湯浅(現:和歌山県有田郡湯浅町)の貧農の家に生まれました。やがて、18~19歳頃、そんな貧しさに見切りをつけて江戸へ出てきた紀文は、職を転々とするうちに、商人の娘「綾野」と知り合い、綾野の紹介で「松木屋」で働くようになりました。やがて、二人は恋に落ちましたが、使用人と商家の娘。主人が許すはずもなかったのですが、可愛い綾野の説得で、主人は紀文に、
    「1,000両貸してやる。1年間で倍の2,000両にできたら、娘をくれてやる。もし、それができないなら、一生涯この店でただ働きをしてもらう」
    と、条件を出しました。そこで、紀文は、江戸の庶民に何が欠けているかを真剣に情報収集をし、紀州では「二束三文」の「密柑(=みかん)」が江戸では結構な値段で売られていることに目をつけ、紀州で密柑を買い付け船で江戸へ運び、みごと、1年後には2,000両にを手にしました。そして、紀文が困った時、側面からアイディアを出して「賢妻」と呼ばれた綾野とめでたく夫婦になりました。

    まあ、これなどは、例外中の例外でしょうね。

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  • 締切済

    質問近畿で中型犬と泊まれるコテージ

    • 2002/12/21
    • donnamartin

    別のカテゴリで同じ質問をしましたが、回答がほとんどいただけなかったため、このカテゴリでも質問させていただきます。来春、10年ぶりに家族全員揃って旅行に行こうと楽しみにしています。長年連れ添った愛犬もぜひ連れていきたいのでご協力お願いいたします。家族の希望はコテージです。
    場所は近畿希望(老犬のためあまり遠くへは行ないので(^^;))です。
    できれば新しいめな綺麗なコテージがいいです。家族みんなで料理ができるしっかりとした台所と、清潔感のあるバス、トイレ等があるところがいいいです。今まで友人と行ったコテージは全て大満足なのですが、ペット可となると、探すのが難しいです(ペンション等なら結構あるのですが、家族だけでリラックスできるコテージが希望なのです)。どこかいい所をご存知の方、教えてください。実際泊まってみてよかった所などのご意見も大歓迎です。よろしくお願いいたします(^^)

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  • 回答

    • 2003/1/5
    • Sinogi
    • ベストアンサー

    あけましておめでとうございます。(^O^)/
    和歌山県有田郡湯浅町に「パートナーズハウスゆあさ」があります。
    わが家にも10kgちょっとの中型犬(♂)がおりまして、「彼と一泊することが目的」の旅行を計画し、その宿として予約しました。次の週末なのでとっても楽しみなんです♪

    参考URL:http://www.partnershouse.jp/

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