江戸切絵図は版元によって以下4種類あるといわれています。
1)尾張屋(金鱗堂)
2)美濃屋(吉文字屋)
3)近江屋(近吾堂)
4)平野屋
今回goo地図で紹介している江戸切絵図は尾張屋版を使っています。版元によって表示している色使いがまちまちですが、尾張屋版は錦絵風の派手な色遣いで当時の人々に好まれたようです。合印も版元によって表現が違いました。
色合いは版元によって表現が違っていました。尾張屋版は以下のような色分けや合印で表現しています。
【色分け】
【合印】

家紋がある家 → 大名・上屋敷
家紋の刷ってある所が表門。大名の常住公邸で、登城の便を 考えて、主に西丸下、大名小路、外桜田周辺に集中的に配置されていた。

■印がある家 → 大名・中屋敷
印のある位置が表門。隠居藩主、嗣子等の常住屋敷で、御城の外濠の内側に沿った場所に多くあり、上屋敷の災害時の避難場所となる。また、花見や月見などの宴遊にも使われた。

●印がある家 → 大名・下屋敷
印のある位置が表門。郊外の別邸で、景色の勝れた所や辺鄙な所にあり、自家菜園もあった。江戸湾頭の海岸にある下屋敷は、国許からの物資の荷揚場を兼ね、蔵もあった。
江戸地図は地図上の名前の向きがバラバラになっています。それは表門に面して住んでいる人の名前を書いていた為です。
今回goo地図で使用している尾張屋版 江戸切絵図の発行年一覧です。
| 一 | 御曲輪内大名小路絵図 | 慶應元年(1865) |
| 二 | 麹町永田町外桜田絵図 | 嘉永三年(1850) |
| 三 | 東都番町大絵図 | 元治元年(1864) |
| 四 | 飯田町駿河台小川町絵図 | 文久三年(1863) |
| 五 | 日本橋北内神田両国浜町明細絵図 | 安政六年(1859) |
| 六 | 八町堀霊岸嶋日本橋南之絵図 | 文久三年(1863) |
| 七 | 京橋南築地鉄炮洲絵図 | 文久元年(1861) |
| 八 | 芝口南西久保愛宕下之図 | 萬延二年(1861) |
| 九 | 今井谷六本木赤坂絵図 | 萬延二年(1861) |
| 十 | 千駄ヶ谷鮫ヶ橋四ッ谷絵図 | 元治元年(1864) |
| 十一 | 市ヶ谷牛込絵図 | 安政四年(1857) |
| 十二 | 礫川牛込小日向絵図 | 萬延元年(1860) |
| 十三 | 東都小石川絵図 | 安政四年(1857) |
| 十四 | 小石川谷中本郷絵図 | 萬延二年(1861) |
| 十五 | 東都下谷絵図 | 文久二年(1862) |
| 十六 | 東都浅草絵図 | 文久元年(1861) |
| 十七 | 今戸箕輪浅草絵図 | 嘉永六年(1853) |
| 十八 | 本所絵図 | 文久三年(1863) |
| 十九 | 本所深川絵図 | 文久二年(1862) |
| 二十 | 芝三田二本榎高輪辺絵図 | 安政四年(1857) |
| 二十一 | 東都麻布之絵図 | 文久元年(1861) |
| 二十二 | 目黒白金図 | 安政四年(1857) |
| 二十三 | 東都青山絵図 | 安政四年(1857) |
| 二十四 | 内藤新宿千駄ヶ谷辺図 | 文久二年(1862) |
| 二十五 | 牛込市谷大久保絵図 | 嘉永七年(1854) |
| 二十六 | 雑司ヶ谷音羽絵図 | 安政四年(1857) |
| 二十七 | 東都駒込辺絵図區 | 安政四年(1857) |
| 二十八 | 染井王子巣鴨辺絵図 | 嘉永七年(1854) |
| 二十九 | 根岸谷中日暮里豊島辺図 | 安政三年(1856) |
| 三十 | 隅田川向嶋絵図 | 安政三年(1856) |







