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広島県のQ&A(9件)

  • 質問原爆投下は正しかった?

    • 2016/5/28
    • golirachan

    原爆投下は正しかったと思いますか?そうではありませんか?

    すごく難しいです。
    感情、道徳的に考えれば簡単だと思ったんですが・・・・・それで終わればとっくに世界は平和だしなぁ・・・・。


    平和祈念式典に参加している人々の前で背筋張って正しかった!なんて言えないですけど、かと言ってひどいことをしてきたことを棚に上げて可哀想な被爆国って被害者ぶる感じもして、謝れっ!とかアメリカに大きなことも言えないです。

    この問題には平和主義の考え方が関わってくると思うんですけど、違いますかね。
    頭悪いのでわかりません。だけど、簡単に学校の先生の言う平和をすべて鵜呑みにするのは嫌です。教えてください。さまざまな意見が必要です。

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  • 回答

    • 2016/5/28
    • 黒猫goo

    Q. 原爆投下は正しかったと思いますか?そうではありませんか?
                 ↓

    A.結論から述べますね。

     俗説の「戦争終結の為にやむを得ず投下した」という話は全くの大嘘でしかありません。

     原爆投下は米国の実験であり、極東地域の侵略に南下しだした旧ソ連への威嚇行動です。
     ですから、正しいも正しくないなどの評価は一切あり得ません。

    ○米国の原爆開発=マンハッタン計画を行ったのは ロスアラモス研究所です。
     広島と長崎に投下された原爆は、広島で20万人、長崎で74000人の非武装の一般市民が。
     無差別に殺されるという世界史上も、全く類を見ない大量殺戮行為なのですが。
     米国公文書館の公式記録には「 史上、二度の原爆実験に、成功した」と記されています。
     なんと「実験」です、実験!と…ロスアラモス研究所に扱われているのです。

    ○実は、1945年6月の沖縄戦直後、米国統合参謀本部議長のブラッドレーは
     「既に日本は事実上の敗北状態となっており、降伏を準備している」と勝利を確信し…。
     トルーマン大統領に緊急報告書を提出し、不必要な進軍と戦力の疲弊を止めていました。
     米軍は1945年6月には日本の降伏を知っていたのです。

    ○この報告は全くその通りで、1945年の石油輸入量はゼロですし。戦闘機の燃料は墜落した
     B29等から抜き取った燃料などでようやく飛ばしている。その稼働率は10%程度。
     石油も完全に枯渇し戦車・軍艦や飛行機どころか、バスや公用車さえも動かせない状況で。
     制海権も制空権も失ない、陸軍も使える武器弾薬が乏しく、既に戦える状態ではなかった。
     現在の日本のサヨクと一緒で「一億総玉砕論」などはごく僅かな一部の声であり。
     大方の国民は戦争に懲り懲り、軍部も、誰より天皇陛下が降伏やむなしだったのです。

     ですから俗説の「戦争終結の為にやむを得ず投下した」という話は全くの大嘘なのです。

    ○上記の裏づけは、戦後の1946年、米国戦略爆撃公式調査団からの「最終報告書」では。
     「例え原爆の投下が無かったとしても、ソビエトが参戦しなかったとしても…。本土の
     上陸作戦が行われなくても、日本は非常に高い確率で九州上陸作戦の決行予定日となる
     1945年11月1日から12月31日迄には、確実に降伏するしかなかったであろう。」
     このように述べられており、1945年6月のブラッドレーの緊急報告書と全く同一見解となる
     報告書が再び、トルーマン大統領に公式に提出されているのです。
     ソース
     http://www.anesi.com/ussbs01.htm

    ○それなのに・・米国はなぜ日本に原爆を投下したのでしょうか?
     一般的にその理由は「日本との戦争を終わらせるために」ですが、これは全くの大嘘。
     それは「実験」のためなのです。前述のロスアラモス研究所の米国公文書館、公式記録。
     「 史上、二度の原爆実験に、成功した」です。

    ○知らない方が意外と多いのですが広島と長崎に落ちた原爆は「種類」を変えてあります。
     広島はウラン235型原爆(Little Boy)、長崎はプルトニウム型原爆(Fat Man)です。
     「戦争を終わらせる」との「目的」だけなら同じ種類の原爆でいいはずです。
     なぜ、種類の違う原爆を投下したのでしょう?← しかも広島から3日後に続けてです。
     これは、米国(米軍)が日本の降伏を知っていたので大切な核実験をやり損なわないよう
     に急いで「2種類の原爆」を「使用してみる必要」があった為です。
     まさに公式記録通りの「実験」と解釈するしか納得できない事実なのです。

    ○また、米国スタンフォード大学教授で歴史学者 バーンスタイン博士の研究論文では。
     「日本へ原爆を投下したのは「ソビエトを威嚇すること」が根本的な理由である。
      ソビエト(共産圏)の影響力が日本、満州、支那、朝鮮半島に及ぶことを阻止する為に
      ソビエトに対する示威行動・威嚇攻撃として日本に原爆を投下の必要があった。」
      要するに「目的」は「対ソビエト」への「威嚇行動」だった。と書かれています。

    ○また更に、米国のちぐはぐな言い訳の代表格となっているのが。
     1945年8月6日のトルーマン大統領の公式声明「広島原子爆弾投下に関して」です。
     「今から16時間前、米国の空爆機は日本「陸軍の最重要基地」である広島に
      1個の爆弾を投下した。その爆弾はTNT火薬2万トン以上の威力を持つものであった。
      それは、戦争史上で使用された爆弾の中で最も大型である英国のグランド・スラムの
      爆発力の2000倍を越えるのであった。--以下略」
     ソース
     http://nvc.webcrow.jp/WA16.HTM
                     ↑
             実におかしな声明だとは思いませんか?
     広島の「日本の陸軍の最重要基地」って、広島に陸軍の軍事基地がありましたか?
     犠牲になり、亡くなられた広島の市民は、全員が武装した陸軍の軍人なのですか?
                   ↓
     広島県の呉市なら、呉海軍工廠がありましたが・・広島市の中心にはほど遠いです。
     海軍じゃダメで言い訳にもならない、非武装の一般市民の殺戮はマズイことなので。
     陸軍として・・しかも民兵として扱わないとならないから。
     苦し紛れが広島市で「陸軍の最重要基地」です。ですが、そんなものは存在しません。

    ○トルーマン声明から4日後、日本時間の8月11日。
     大日本帝国政府は、スイスを通じて米国政府に正式な抗議文を提出しています。
     ソース
     http://nvc.webcrow.jp/WA13.HTM
     明らかに、戦時国際法、ハーグ陸戦条約規則第22条、及び第23条(ホ)号に反します。
     ソース
     https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC …

    ○まだまだ書き足らないのですが。キリが無いのでこの辺で締めましょう。

     1.米国は日本が降伏するしかない状態なのを1945年6月の沖縄戦直後には知っていた。
     2.米国の広島と長崎への、異なる2種類の原爆投下は「実験」なのであった。
     3.原爆投下の理由の「日本との戦争を終わらせるため・・」は全くの大嘘でしかない。
     4.日本の降伏間近での米国の執拗な原爆投下は「対ソビエト」への「威嚇行動」であった。
     5.非武装市民の殺戮隠蔽の為。広島市を「軍都」とし「陸軍最重要基地」と主張した。

     この5項目は核攻撃を受けた唯一の日本国・日本人として知っておきましょう。
                   

    ○最後になりますが・・

       こんなに真実が隠蔽されたまま、原爆死没者慰霊碑建立から64年間も・・。

              実験台にされた27万4千柱の御霊に。

        「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」のままです。

     27万4千柱の御霊が、一体何の、命を奪われるに相当する過ちを犯したというのでしょう?

             いまなお、日本人自らが、外国人に・・

       「あんたらは過ちを犯したから、原爆で殺されたのだ」と言われ続けています。

     --私たちに容易なのは米国の猛省よりも、私達自身が真実を知り自虐史からの脱却です--

     --まずは、この忌まわしき原爆死没者慰霊碑の碑文を削除しなければならないでしょう--


    . 忌まわしき「碑文」

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