大阪府のQ&A(16件)

  • 質問昭和初期生まれの生活

    • 2016/5/2
    • dondonpa-

    昭和初期生まれの生活はどんなだったのでしょうか?どのように過ごしていたのでしょうか?
    遊び、衣食住、生活の様子などが知りたいです。
    幼少期 昭和元年~昭和10年
    学童期 昭和11年~昭和20年
    青年期 昭和21年~昭和30年
    成人期 昭和31年~昭和60年
    老年期 昭和61年以降
    で分けて教えていただけるとありがたいです。
    よろしくお願いします。

  • 回答

    • 2016/5/3
    • born1960

    昭和元年は数日しかなかったので昭和2年(1927年生まれ)の人で考えてみます。もちろん都市部農村部で全く生活は違ったと思います。
    まずはタイムテーブルから
    満州事変(1931年4歳)
    太平洋戦争(真珠湾攻撃1941年14歳)
    終戦(1945年18歳)
    朝鮮戦争(1955年28歳)
    東京オリンピック(1964年37歳)
    大阪万博(1970年43歳)
    そして1982年くらいに55歳で定年を迎えます。

    終戦時に18歳ということは「学徒動員」ってことで、多くの人が軍需産業や食料生産に動員されたでしょうね。もちろん半数以上の人がもうすでに学校に行かず(すなわち学徒ではない人)働いていたでしょうが。
    ややこしいのは今の学制(633制)と違っているということでしょうか。
    1941年にそれまでの尋常小学校が国民学校というふうに名前が変わり、また敗戦後の1947年に今の633制に変わるので、ここでは昭和初期生まれの人との質問ですが、数歳の差でまったく違う制度で教育を受けてきたことになります。

     昭和2年生まれの人は太平洋戦争突入時で14歳ですし終戦時18歳でしたが、数歳変わるだけで成長期にどういうものを食べることが出来たかがすごく変わってきます。これも都会と農村で全く違いますし。
    私の父は昭和10年生まれ都会育ちで「学童集団疎開」も経験していますが、母は昭和12年生まれ農村育ちなので食べ物は全く困らなかったですし、もちろん疎開の経験はありません。この二人は昭和初期ではなく二桁生まれなのでこの質問にはふさわしくない例ですが、現在の日本とは全く違う子供時代を過ごしたことがわかります。そういう意味では現在は日本全国ほぼ平等な生活を営んでいると言えると思います。

     現在の日本の基礎を作って来たのが昭和初期生まれの人たちなのは終戦時に10代半ば以降ってことで明白です。池田勇人首相の「所得倍増計画」は1960年に発表されましたが、いわゆる高度経済成長を支えてきたのはまさに昭和初期生まれの人達です。

     オリンピックの時には37歳、大阪万博の頃は43歳。そして日本がバブル経済に向かって猪突猛進に突っ走る少し前に定年を向かえます。

     この世代の人達の10歳差(昭和2年生まれと昭和12年生まれ)は先に書いたように、いくつの時点で戦争を向かえ、敗戦を迎えたのかなどで随分違いますが、現在では10年の差はさほどありません。そういう意味では日本はこの30年ほどで全く経済的にも成長していない反面、安定した時代を迎えているんだと思います。

     めちゃローカルな話ですが、私が住む大阪府ではこの10年間で公立高校の受験システムが2度も変わったので(ようするに10年間で3種類あるということです)いろいろと大変みたいですが。

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