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静岡県のQ&A(4件)

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    質問東と書いてあづまと読みますがではなぜ・・・?

    • 2016/7/16
    • おぐま

    図書館で全ての原語辞典を調べてみましたが妥当だと思われる記述がありませんでした。有名な原語辞典でも日本武尊の吾妻はや云々などと、、、ドー考えても作り話であり得ないっしょ!高名な東大の歴史の先生もご講演で、マジ顔で同じことを話されていました。全く無駄です。
     私は人の名前では?と思います。あづま、おづま、おぐま→小熊=上毛野君小熊
    そー、6世紀に活躍した東国の大王です。そして装着冑人は彼だと思います。

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    • 2016/7/16
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    日本国語大辞典による「あずま」「ひむがし」の意味。

    〇あ‐ずま[:づま] 【吾妻・吾嬬】 〔名〕
    わが妻。私の妻。
    *古事記〔712〕中「其の坂に登り立ちて、三たび歎かして、『阿豆麻(アヅマ)波夜(はや)〈阿より下の五字は音を以ゐよ〉』と詔云(の)りたまひき」
    *日葡辞書〔1603〜04〕「Azzuma (アヅマ)〈訳〉結婚した女性のことで、夫が自分の妻をさして言う語」


    〇あずま[あづま] 【東・吾妻】〔名〕
    (1)東の方。東方。
    *古事記〔712〕下・歌謡「上(ほ)つ枝は 天を覆(お)へり 中つ枝は 阿豆麻(アヅマ)を覆へり 下(し)づ枝は ひなを覆へり」
    (2)都から東の方の諸国の称。東国。時代や文献によってその範囲が異なる。広くは東海道、東山道以東陸奥国までもいったが、奈良朝以降次第に現在の関東地方を指すようになった。
    *万葉集〔8C後〕一八・四〇九七「すめろきの御世さかえむと阿頭麻(アヅマ)なるみちのく山に黄金花咲く〈大伴家持〉」
    *古今和歌集〔905〜914〕離別・三七三・詞書「あづまの方へまかりける人によみてつかはしける」
    (3)鎌倉、室町時代に、京都から特に鎌倉または鎌倉幕府を指していう。→東の主(あるじ)。
    *十六夜日記〔1279〜82頃〕「あづまにてすむ所は、月かげのやつとぞいふなる」
    (4)江戸時代、上方から特に江戸を指していう。
    *浮世草子・傾城色三味線〔1701〕京・三「折ふし吾妻(アヅマ)の大臣始て上方見物に上られしを」
    (5)「あずまつ」に同じ。あるいは「十巻本和名抄」の誤記か。
    (6)「あずまごと(東琴)」の略。
    *源氏物語〔1001〜14頃〕若紫「あづまをすがかきて、常陸には田をこそ作れといふ歌を、声はいとなまめきてすさび居給へり」
    (7)「あずまげた(東下駄)」の略。

    [語誌]

    (1)元来は東を示す普通名詞であったと思われるが、都より東方の諸国を指す用例が多い。時代や文献により範囲が異なり、「万葉集」の東歌など上代文献には現在の関東地方を指すものや、より広く現在の長野県・静岡県・岐阜県や東北地方を指すものもある。

    (2)平安京への遷都によって多少範囲が変動し、現在の三重県をも含めて、都から東方への道筋、東海道・東山道の諸国を指すようになった。これらは、都とは隔絶した地域という意味で異国風な趣を持ち、新天地を求めるあこがれの地でもあった。

    (3)鎌倉時代以降は、京・上方に対峙する地域として、鎌倉や江戸を指していうようになった。

    〇ひんがし 【東】 〔名〕
    (古くは「ひむかし」で「日向し」の意という)
    「ひがし(東)【一】」に同じ。
    *万葉集〔8C後〕一・四八「東(ひむかし)の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ〈柿本人麻呂〉」
    *土左日記〔935頃〕承平五年一月二六日「かぢとりしてぬさたいまつらするに、ぬさのひむかしへちれば」

    [語誌]
    (1)方位を表わす「東」について、上代に仮名書き例はない。「万葉集」の「東」はアヅマと訓むとともに、四音としてヒムカシ、ヒムガシとも訓む。仮名書きは、「二十巻本和名抄‐五」の官名に「東市司〈比牟加之乃以知乃官〉」、同じく畿内郡に「東生〈比牟我志奈里〉」、また挙例の「土左日記」が古い。中古の仮名文学では「ひうがし」「ひんがし」「ひむかし」などが見られるが、「ひがし」の確例が見られるのは「名語記」(一二七五)である。
    (2)万葉仮名による表記例は先述の「二十巻本和名抄」よりさかのぼれないため、上代特殊仮名遣におけるヒの甲乙は不明。第二音節はムが古形。第三音節の清濁も不明であるが、「観智院本名義抄」では濁音符が付されたものと付されていないものの両方がある。
    (3)「古事記伝」の語源説によると、古形はヒ甲類で第三音節は清音。シは、「にし」「あらし」などのシかと考えられる。このシには風の意があり、そうすると、元来は東風を表わす語であったということになる。「更級日記」の「西ふけば東になびき、東ふけば西になびくを見て」の「東」がその例かとされるが、漢字表記のため語形は不明。
    (4)ヒムカシは、撥音化したヒンガシを経て、中世頃にはヒガシになったと推定される。「東大寺要録‐二・供養章第三」には「比美加之(ヒミカシ)」の例がある。撥音の異表記としては時期が早過ぎるため、転訛例とするのが妥当と考えられる。

      <以下私見>
     以上の用例は「万葉がな」「平仮名」書きであり、これらから、古い時代に「あずま」「ひむがし」の二様の表現があったことが分かります。
     なお、下記の万葉集における柿本人麻呂歌は、最初に本格的に「万葉集」の研究に打ち込んだ賀茂真淵が、「東 野炎 立所見而」の部分を「東(あずま)の野烟りたち立つ所見て」と訳したのですが、後の学者によって「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて」と訂正されて、今はそちらが普通の読み方になっています。

    巻1/0048番
    #[題詞]((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
    #[原文]東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
    #[訓読]東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ
    #[仮名] ひむがしの,のにかぎろひの,たつみえて,かへりみすれば,つきかたぶきぬ

     以上は質問者の説を妨げるものではありません。古い時代に両方の言葉が存在したことの証明になるだけです。

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